Far Yeast Brewingの代表・山田さんがとても興味深い呟きをしていたのと仕事納めだったことが連鎖して、どうしても一本記事を書きたくなりました。その内容が以下のものでした。
CBCに行かなくても、The New Brewer(記事だけじゃなくて広告も)を毎号ぺらぺら眺めていれば大体トレンドは掴めるということが、今年CBCに行って分かりました。 最新号は原材料特集で、Naked Maltの記事が面白かったです。穀皮はビールに不要。なるほど。
https://twitter.com/y46/status/1740291644011032805
「殻皮はビールに不要」
このワードの持つ意義は色々と考えるものがあり、僕含めきっと国内のほとんどのブルワーは「殻皮」というものの重要性を学んできたと思う。だからこそ醸造所ではヘッドブルワーがモルトの挽目をチェックしたり、マッシング時のpHを意識したり、スパージの温度をどうするかとか乳酸いれるんだっけとか議論したり。しなかったりする。
今日はそんなThe New Brewerの今月号から、Raw Materialの章を読み、殻皮(Husk/ハスク)について考えてみようと思う。
ちなみに、CBCはCraft Brewers Conferenceのことで、ドリンクジャパンのビール限定版みたいなものだと思ってもらえたらいい(行ったことないから全然違ったらごめんね)
殻皮/husk ってなんだろう?
殻皮/husk・・・穀物の外側にある保護膜のこと。種子の質量の約10%を占める。セルロース、リグニン、アラビノキシラン、その他の炭水化物ポリマーを多く含む層から構成されており、水分の浸透を防ぐ強力なバリアとなり、種子に害を与える昆虫に対する抑止力として働く。シリカとポリフェノールも含まれている。
このハスクと呼ばれる皮は様々な穀物の外皮として存在している。お米でいえば、籾殻と呼ばれる部分。大麦にもこの殻皮はついていて、これが今日のテーマである。ちなみに小麦には殻皮がついてないし、醸造で使うオーツ麦も基本的には殻皮がない状態です。もちろん米も。
Huskの存在意義とこれまでの考え方
The New Brewerのテーマでは、オレゴン州立大学の教授がハスクについて「there’s no starch, protein, or otherwise desirable flavors in the husk of the grain/デンプンもないし、タンパク質もない、ましてや良い風味もくそもない」と言っている。追記するわけではないが、大麦のハスクにはさらに雑味の原因になるタンニンや濁りの原因となるポリフェノールなどが含まれており、ビールの味わいや見た目を崩す原因にもなりうる。
これだけ聞くと、「大麦の殻皮も全部取り除いたらいいのでは?」と思ってしまいそうですし、実際にそうする方がいい場合もあるよね?というのが今回の趣旨です。では、これまでのハスクとビール醸造の関係性を振り返ってみることにします。
濾過材としての役割
ビール醸造におけるハスクの最大のメリットは「濾過材」としての機能にあります。ビールはマッシングと呼ばれる大麦麦芽、及びそれらを含んだ穀物を破砕させ、それらをお湯と混ぜ各酵素を働かせ糖化を促進する工程があります。そうして出来た麦ジュース(ウォート/wort)は、ほとんど全てのビアスタイルで煮沸させられます。そのときに、穀物とウォートは分離しておく必要があります。鰹節や昆布、煮干しで出汁を取った後は濾す、みたいな感覚にとても近いです。出汁がウォートで、鰹節や昆布などが麦芽です。
どうやって濾すんですか?と疑問に思うかも知れませんが、ビールの醸造設備は便利なものでロイター板という濾過板がついています。
上の画像がマッシュタンと呼ばれる設備で、緑色の部分がロイター板。実際にはかなり細かい目をしていて、これを用いて麦芽とウォートを濾すわけです。出汁を濾すように1発で綺麗に濾せたらいいのですが、なかなかそんな上手いこといかなかったのがビールの醸造の歴史です。
麦芽を含む穀物は破砕した際に、細かくなった殻皮などが含まれる微粉がでます。これらがマッシング中に入り込むと濾した液体にもたくさんの微粉が混じります。これをそのまま煮沸させると殻皮に含まれるタンニンやポリフェノールが多量に抽出され、雑味が増加します。なるべく微粉は取り除きたいので、濾した液体を再度マッシュタンに戻し、再度濾す作業を行います。これをlautering/ロイターリングと呼び、戻ってきた液体をランオフ/run-offと呼んだりします。
このロイターリング時に重宝されてきたのが麦芽のハスク/殻皮です。麦芽は粉砕されるときに、中身のでんぷん質と殻皮に分かれます。でんぷん質は透過され糖分になり、殻皮はロイターリング時の濾過材となります。大きく粉砕された殻皮は、マッシュ(麦芽とお湯が混ざりあったもの)の中で幾層にも重なり合って、濾過槽を作り上げます。この殻皮による濾過槽を通っていくうちに麦汁が綺麗に濾されていき、煮沸に値するものとなっていきます。
殻皮がない場合のマッシュにも濾過機能はもちろんないわけではないのですが、でんぷん質やタンパク質、βグルカンなど様々なものが存在するマッシュは一定の粘度があり麦汁が濾されず麦層の上に溜まってしまいます。これをスタックといいます。スタックは味わいの影響だけではなく、ブルワーのやる気そのものすら奪い去っていく現象のため大きく問題視されてきました。このスタックはマッシュの間に殻皮が入り込み、麦汁が流れる道を作ってあげることで防げたりもしました。
Hazy IPAが流行ったときは大麦麦芽の割合に対して殻皮のない小麦やオーツの割合がとても多く、マッシュに殻皮が少ないレシピ構成でした。そのため、殻皮の代わりにお米の籾殻をわざわざ投入して仕込むことも珍しくありません。籾殻は麦芽のハスクに比べるとポリフェノールが少なく、雑味が出づらいとされていました。
このようにハスクの存在意義は濾過機能にあると当然のように思ってきました。逆にそれ以外の要素で殻皮の存在価値はほぼありません。部分的に殻皮の渋みが"Crispiy"さの原因となっているとの意見もありますが、谷澤個人としてはあまりピンときません。
醸造設備側の発達 - mash filter
これまでハスクは濾過機能にその存在価値があるとしてきました。理由はきれいな麦汁を取るために何度も麦汁をマッシュに通して濾過する必要があり、その濾過工程をスムーズに行うためにハスクが必要だったから。しかし、近代の醸造設備の発展は凄まじくマッシュフィルターという設備もとても発達してきた分野だそうです。
僕が研修してたところはドイツ人はみなマッシュフィルターを馬鹿にしていた、などという話も聞きましたが今はもうすごい発達があるんだと思います。
中央がマッシュフィルターで、ワインの濾過を行うときに似ている感じですね。このページがすごいわかりやすいです!
ロイターリングとの最大の違いは、重力を利用してウォートを引っ張るのか、低圧のポンプでウォートを引っ張るのかです。マッシュを圧力で押してウォートを押し出すので非常に効率的にウォートを回収できるメリットと短時間での回収ができるというメリットがあります。お出汁が重力で垂れてくるのを待つか、出汁パックをぎゅっとぎゅっと手で押して出汁を絞るのかみたいな。圧力をかけるため、ポリフェノールなどの抽出が過剰になり味わいに雑味が出てきたり、濁りも増えるのではないかという懸念がありました。
しかし2020年のWorld Brewing Congressの発表では、ロイターリングを利用して作ったビールとマッシュフィルターを使って作ったビールとではほとんど味わいの違いはなかったそうです。パイロットスケールで行われたバッチでので比較なので工業利用でどこまで味わいの違いが出ないのかはわかりませんが、こと日本におけるマイクロブルワリーの規模ではほとんど有効なのではないかと思います。
使用する水の量が減ること、仕込み時間の軽減、収率の増加が見込めそうです。僕的には捨てる穀物が脱水されていて、ゴミとして処理しやすくなるのが最大の功績だと思います。そして、今回の最大の論点であるハスクですが、マッシュフィルターが本当に濾過装置としてロイターリングするより優秀となれば、不必要だという意見もうなずけます。
Naked Barley の価値
Naked Barley・・・ハスク/殻皮がついていない品種の大麦。小麦も同様にハスクがついていないが、通常ビールで使用される大麦には全てハスクがついている。
仮にハスクの濾過機能がマッシュフィルターの導入により完全に代替できたとしたら、ハスクのメリットよりもデメリットが上回る可能性があります。実際にThe New Brewerの記事では「huskの味わいがビールに出ている」場合があるとしている。少しでも手を抜くとhuskが悪さをするぞ、というメッセージのようにも聞こえますがhuskが味わいに与えるデメリットの大きさを伝えています。
そこで登場したのがハスクのない「Naked Barley/裸麦」である。小麦と同じようにハスクがないので、クリーンで滑らかな味わいの実現に貢献すると言われています。マッシュフィルターを利用する場合であれば非常に魅力的な原材料に思え、マイクロラガーやセッションIPAなどの味わい改善に大きく期待されています。
使用量
全てのモルトをNaked Barleyに変えてしまうのが一番わかりやすいのですが、濾過効率という点だけで1度考えてみることにします。
Lauteringの場合:オレゴン州立大学の研究によれば、通常のロイターリングを行う場合でも50%までNaked Barleyを入れて行っても良好な結果が出たとのこと。しかし、これは小麦を大量に使ったビールがあることを考えると至極当然のように思えます。重要なのは、小麦を使わないスタイルにおいてもNaked Barleyを使用することで味わいを改善できる可能性があるということですから、積極的に採用してみたいですね。
Mash Filterの場合:同研究によれば、マッシュフィルターを採用した場合は100%のモルトをNaked Barleyに変えても良好な結果が出たようです。これは非常に素晴らしい結果で、ハスクの有無という点だけで議論すれば全てのモルトをNaked Barleyモルトに変える日も近そうです。
Naked Barley のモルトは作りやすいのか
ここまで来るとhusk lessなモルトを使ってみたいなと思ってきます。市場での受給バランスは価格へ大きな影響を与えますので、安定した供給量があるのかどうかはとても気になるところです。The New Brewerの記事によれば、ハンドリングや麦芽の処理中に、ハスクのない大麦の穀粒に 多くの損傷が見られるという。すべての大麦には胚芽という小さな芽があり、これが成長しはじめるタイミングに酵素がもっとも多くなりモルトとしての役割を担えるようになる。 しかしNaked Barleyにはハスクがないため、外からのダメージをうけやすくなります。収穫から袋詰めまでの全ての作業中にダメージをうける可能性があり、多くの種子が廃棄物となります。
そう、Naked Barleyをモルト化するのがとても難しいのです。
でも小麦はモルト化できてるじゃないか、と思いますよね。記事によれば小麦はハスクがない代わりに"種子の残り部分が保護機能を持っている"らしく、Naked Barleyよりは発芽しやすいそう。サッポロビールが書いてるエビスマガジンにも「小麦は殻皮がないので大麦より発芽しづらい」と記載されているので、それより発芽しづらいNaked Barleyを精麦するのが如何に難しい技術なのか理解できます。
加えて精麦専用品種として開発された「CDC Clear」というNaked Barleyは粒が大きく、精麦中の浸水作業に丁寧さと時間を要求され、通常の二条大麦のモルティングプロセスとスケジュールが合わないようです。超えなければならないステップがどれくらいあるのか想像もつかないですが、それでもこれらに未来の醸造がかかっていると思い日々研究が進んでいると思うと胸が熱いです。
Naked Barley を精麦させるには?
- 胚の損傷を最小限にする他の方法を見つけ、胚を保持しやすい遺伝子型 を選択すること
記事はこう述べており、遺伝子の操作をする必要があるためとても時間がかかるようです。それでも記事では、Naked Barleyのモルト化は六条大麦から二条大麦への変化があった流れの延長線上の話で、進化の一部だと考えられています。谷澤自身もとても賛成で、huskが少ない、あるいはまったくないグレインビルのビールを醸造することを早くから学んでいけば小麦やオーツを使うことにも全く心配がなくなり、醸造技術そのものの発展もあると思っています。
HB20351とHB21355という品種
カナダでは2023年に2つのNaked Barleyが品種登録されたようです。それがHB20351とHB21355という品種になります。特に変わった名前ではないですが、醸造家の方たちはHBC369とかいうホップの呼び方になれていると思います(ちなみにHBC369はモザイクというホップの名前がつく前の呼び名)。
記事ではこれらの2品種を栽培し、優れている点を探し出し、実用化していくのに10年かかると予想しています。そのうちこれらのモルトが出てくると思うので、チェックしておきたいですね!
まとめ
今回のテーマは「モルトに殻皮は必要なのか」ということでした。The New Brewerの記事を参考にしたことと、小規模(1,000L以下の仕込み設備)での醸造という2点を前置きにしたら、以下のようなまとめになりそうです。
- 殻皮/ハスクには濾過機能以外にメリットがないので、なるべく除去したほうがいい
- 穀物全体の50%まではハスクレスにしてもスタックしない
- マッシュフィルターが利用できるなら全量ハスクレスな原料を利用するのが良い
- Naked Barley maltが安定して使えるようになるまでは10年ほどかかる見込み
もちろん実際の設備の性能によってハスクの必要量は変わりますので一概には言えませんが、重要なのはハスクがもとらすメリットとデメリットを整理することだと思っています。僕含め、これまでほとんどのブルワーは「ハスクの重要性を理解し、ミルの挽目を考える」という脳みそだったと思います。仮にいまがブレイクスルーそのもので、ハスクは全く必要なく、マッシュフィルターを使うのが当たり前で2row含め全てのバーレイモルトが全量Naked Barleyのモルトを利用する世界になったとします。
ミルの挽目は収率重視で細くすればいいし、スパージのお湯の温度は高めに設定してランオフの粘度を下げてあげればいいし(そもそもスパージがいらないのか)、ランオフそのものの綺麗さもそんなに意識しなくていいし、麦芽を乾燥させる機械の導入もいりません。
醸造テクニックという面でいえば、小麦やオーツが多いから粘度下げてスタック防ぐためにはステップ踏もうとか、米の籾殻いれようとか、そういうのがなくなりそうです。僕は嫌いじゃないですが、いい意味ですごくとっつきやすい醸造になるんじゃないかと思います。その空いた分の脳のスペースで別な事を考えられるのはとても良いことです。
そんなわけで、モルトの殻皮について考えた記事でした!
あとがき
久々にブログの記事を書きました。こうして少しだけでもまとまったお休みをもらえることの大切さを一つの会社を運営して初めて気づきました。関係者含め、すべての接点があったみなさまに感謝です。
今回の記事もFar Yeastの山田さんが投稿してくれなかったら考えることすらなく、モルトに殻皮は必要、ときっと10年後まで思っていたと思います。すべての醸造にアンテナを張り、情報を発信してくれるみなさまにも深くお礼したいです。本当にありがとうございます。
気づけば年末で、今年一番美味しかった液体でも考えてみたいと思います。じゃかじゃかじゃかじゃん。2023年度で一番美味しかった液体は、滋賀県のバーでサービスしてもらった35年熟成のテキーラでした!名前も何もわからなかったのですが、絹みたいな口当たりで大変感動したのを覚えています。また飲みたいけどきっともうないのでしょうね。お酒ってそういうものですよね、ロマンというか。それでいい、それがいい。
ではまた2024年も!
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