PHILLY SOUR【新しいイーストについて少し考える】

PHILLY SOUR【新しいイーストについて少し考える】

こんにちは!ANTELOPEのブルワー谷澤(やざわ)です!

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今回は日本に最近上陸してきたイースト「PHILLY SOUR」について色々と考えてみたいと思い〼!Nomcraftさんが日本で一番最初に使ったのかな?チャレンジングでほんと素敵。
醸造界隈でも気になっている方が多いのかな、と思ったので少しでも参考になれば幸いです。

では、早速行きましょう!

PHILLY SOURとは

PHILLY SOURは、Lallemand というカナダの会社が提供しているドライイーストです。正式名称は、WILDBREW™ PHILLY SOUR。ラカンセア酵母という品種で、アルコール発酵と同時に乳酸も作ることができるのが特徴です。

ラカンセア酵母/lachanceaとは

鳥取大学との共同開発でラカンセア酵母を使用したビール、など国内のクラフトビール文化でも何度か登場している菌です。もともとアメリカで発見された酵母で、スズメバチ/wasp、あるいはマルハナバチ/bumblebeeから採取されたようです。日本の場合は、地元の樹木などから採取したラカンセア酵母を純粋培養して、醸造に使ってみよう!的なローカルな側面もあるように思えます。

ラカンセア酵母の特徴は、アルコールと乳酸を同時に作り出せることです。乳酸菌で良いじゃないか、と片付けてしまってもいいのですが、せっかくならPHILLY SOURをモデルにして色々と考察してみたいと思います。

PHILLY SOUR 酵母の特徴

結論から言うと、この酵母の特徴は以下のようにまとまります。

【PHILLY SOURの特徴まとめ】
発酵完了:10日
お勧め発酵温度帯:20~25℃
pH:3.2~3.5
香り:ストーンフルーツらしさ(特に桃っぽい)
発酵率:高い
凝集性:高い
泡持ち:良い
イソα酸耐性がある
グルコースの割合を増やすと、乳酸増える
キラー耐性がなく、リピッチに不向き
ボトルコンディションに不向き
STA1はネガティブ

実際にどんなことが書かれているのかは、こちらからご確認ください📙

特徴の特徴

なんとなく酵母の特徴が分かったような気がしますが、せっかくならもう少し深く見てみようと思います。

発酵完了:10日
OG1.060くらいのウォートと想定すれば、20℃キープで主発酵が10日間でフィニッシュするのは決して早くは感じない。ただそれは普通のビールイーストを使った場合なので、エタノールと乳酸を同時に生成することを加味すれば早いような気もする。ただ、注意したいのは何を持って主発酵が終了したのかということ。比重とpHに変化がなくなったら、だとすると実際にはFGには4日で達していて、その後緩やかにpHが落ち続けて10日目にpHが止まったという可能性もある。この辺は使ってみてからの勉強か、あるいはLellemandの研究が出るのを待っていくしかないような。

お勧め発酵温度帯:20~25℃
気持ち高めの設定のようですが、Lellemandがお薦めしているのでファーストバッチはこれに従うのが良いかと。あとは好みに合わせて、エステル感とか、発酵速度うんぬんに合わせて温度を微調整してあげるといいのかなと。

pH:3.2~3.5
最終的なpHがここまで落ちてくるということですね。白ワインくらい?でしょうか。サワービールとしては気持ちすっぱめなラインまでしっかり下がります。余談ですが、FG1.000でpH3.2を切るとかなり変態的な酸味に感じると思います。好みのサワービールがあれば、pH測定してみたりして好みの酸味をメモっておくと勉強になると思います!

香り:ストーンフルーツらしさ(特に桃っぽい)
ストーンフルーツは、中に"石"みたいな種子がある果物。桃とか、プラム、サクランボもそうです。このイーストでは特に桃っぽさが出るとのこと。桃、プラム、サクランボはバラ科サクラ属なので共通の香りがありそうですね。一例としては、ベンズアルデヒドという香り成分が結構重要なキーっぽいですね。アマレットみたいな感じ。少しセクシーな感じ。

イソα酸耐性がある
ホップに含まれるα酸は加熱によりイソ化して、抗菌作用を示すことは広く知られています。ビールイーストは基本的にイソα酸耐性があるので、活動を阻害されません。しかし、乳酸菌はイソα酸に対してめっぽう弱いことが多く、IBU(イソα酸が何mg/L溶けているのかの数値)が7~10を超えると活動が阻害されます。だからトラディショナルなサワーエールはイソα酸が少なく苦くなく、泡持ちも悪いわけです。そんな中で、すっぱくても苦いビールが作りたい!と醸造家は考えて、活用されたのがケトルサワーというサワーリング方法です。ホップを煮込んでから乳酸発酵させるから乳酸菌が活動を阻害されるわけで、乳酸発酵させてからホップを煮込めば苦くて酸っぱい麦汁が作れるな?という発想です。
前置きが長くなりましたが、このイーストはイソα酸耐性があるのに乳酸も作り出せるので、わざわざケトルサワーをしなくてもサワーIPAなどが作れるわけですね!

発酵率:高い
Attenuationで表現される数値で、100gあった糖分が発酵終了時に20g残ってた場合にはattenuation 80%という感じです。このイーストは沢山発酵するということで、最終的な仕上がりがドライめになりやすいです。何によってこの数値が高いか低いか決定されるのかは厳密には難しいのですが、一般的には持っている酵素の種類によってきます。どんな糖分でも最終的に単糖して、エネルギーに変えるので利用できる酵素が多ければ単糖に分解できる幅が広がります。一部の二糖類を分解できる酵素しかないのか、三糖類まで分解できる酵素を持っているのか、デンプンならほとんど分解できる酵素を持っているのかなどによって最終的にお酒に残る糖分量が異なります。ビールはウォートの糖分構成が複雑なので、attenuationが最終的な仕上がりに大きな差を与えることが多いです。
ちなみにこのattenuationは、簡易的に算出する方法と、精密に測定する方法があります。簡易的な算出方法は初期比重/OGと、見た目上の最終比重/FGから算出します。

例えば、OG=1.050、FG=1.010と浮標計で測定した場合
attenuation=(50-10)/50×100=80%
となります。実際には、アルコールの比重は0.8くらいなので最終比重は1.010より低いです。よく最終比重が1.000を下回っているお酒があるのはそのせいです。

凝集性:高い
イーストが発酵後にどのくらい固まって底の方に沈んでるのか、の指標。実はこれも複雑な話なんですが、簡単にまとめると凝集性が高い方が綺麗な見た目のビールになりやすくて、味わいの質としても優秀なことが多いです。発酵を健全に終了したイーストはどんどん固まって沈んでいき最終的な酒と分離されます。凝集性が高いとこれらのイーストが取り除きやすいのですが、低いといつまでも液体中に浮遊していることになります。こうなると最終的に詰められた製品にもイーストが残りますから、時間が経つにつれて酒の味わいが変化していきます。イーストの自己融解臭もそうですし、イーストそのものの味わいもテイストにのっかることも考えられます。それの是非はブルワーが判断することなので、一概に良い悪いは言えませんが詰めたときの味わいを提供したいならば必要量以上のイーストは入れない方がいいと思います。

泡持ち:良い
イーストに泡持ちを良くする効果があるのか?という感じです。そもそも、どうしてビールの泡だけ泡持ちがいいのかというと、ホップ由来のイソα酸がタンパク質や糖質と結合して網目状の粘膜を張るからです。この粘膜が二酸化炭素を閉じ込めるので、泡が弾けない訳です。ここにイーストが物理的に絡むとすれば、イースト自身が浮遊していてイソα酸と結合して粘膜の一部に役立つくらいですが、凝集性が高いイーストとは相反する特徴のような気がします。
おそらくですが、どのイーストもタンパク質を分解してアミノ酸にする酵素を持っています。それが活発なイーストというのは泡持ちに重要なタンパク質を分解してしまうので泡持ちがそんなに良くなりづらいです。ただし、このイーストはタンパク質を分解する酵素があまり活性化していないのではないでしょうか。これが正しいとすると、泡持ちが「良くなる」ではなく、「悪くならない」ということになります。

グルコースの割合を増やすと、乳酸増える
ウォートにグルコースが多いと最終的に乳酸の量が増えますよということ。厳密な理屈は分からないのですが、作りたい味わいのイメージに合わせて、ウォートにブドウ糖を加えてあげるという選択肢があっても良いですね!

キラー耐性がなく、リピッチに不向き
そもそもキラーとは何か、というとzimocinというタンパク質を生み出せる特徴のことです。このタンパク質は他の菌などの表面にくっついて死滅させることができます。これを持っているイーストは発酵タンクの中がそのイーストで満たされることがあって、汚染リスクが少なく優秀です。しかし、これに耐性のあるイーストがキラーイーストと共存できるようです。今回のイーストはその耐性がないので、他のキラーイーストが混ざったときに絶滅しやすいです。リピッチは他の菌が入る可能性がとても高いですから、保管している最中に狙っていたイーストが絶命しているなんて可能性もありますね。。

ボトルコンディションにも不向き
他のイーストを使用して発酵させたお酒は、このイーストでボトルコンディションしても他のイーストに圧倒されやすいので、このイーストの特徴が出づらいという訳かな、と。また、このイーストで発酵させたものをボトルコンディションしたい場合には、CBC-1などのイーストを添加するのがお勧めなようです。CBC-1は、簡潔に言うと、高ストレス耐性&平坦な香り&凝集性◎なボトルコンディションに最適なイーストですね。

STA1はネガティブ
STA1 geneという遺伝子が機能していないということです。この遺伝子はイーストに特有の酵素を生成するものです。その酵素とはアミログルコシダーゼ(グルコアミラーゼ)です。この酵素はデンプンをグルコースに分解できる代物で、この遺伝子がポジティブなイーストは残糖がほとんど残らないので"super attenuation"と呼ばれたりします。セゾンイーストでよくポジティヴなことが多いですが、今回のイーストはネガティブなので超ドライな仕上がりにはならないという訳です。

乳酸菌を使う場合(ケトルサワー)との比較

ここまでは単なる酵母の特徴紹介でしたので、せっかくなら乳酸菌を使用して作るサワーエールと比較していこうと思います。ケトルサワーに限定して比較していますが、その理由はケトルサワーという製法が非常に優秀だからです。サワーに興味がある人みなさんの選択肢が増えるきっかけになれば幸いです。

ケトルサワー/kettle sour

ケトルサワーという製法は、ホップを煮込んで麦汁を作り、それに乳酸菌とイーストを入れて発酵させる伝統的なやり方にメスをいれました。どんな方法なのかを簡単に書いていきます。

①ホップを使用せずに麦汁を煮沸する。
②ケトルタンク内で麦汁の温度を落とし、二酸化炭素でケトルタンク内を置換する。
③乳酸菌をピッチして密閉。
④温度を30~40℃に保ち、ケトルタンクの中で乳酸菌を発酵させる。
⑤8時間ごとにpHを計測し、狙ったpHになったら麦汁を煮沸する(このときホップ使用に制限無し)。
⑥あとは通常のビール作りと同じようにワールプール→冷却→発酵。

煮沸させることで乳酸菌を死滅させるので、従来の「乳酸菌を使用することによる工場のコンタミ」リスクをぐっと下げることができます。通常の発酵タンクに乳酸菌を使う場合は生きた乳酸菌がホースや床、カンニングラインなどの全てを通過する恐れがありますので神経の使い方が半端じゃないです。
それ以外にもケトルサワーの優れた点はまだまだあります。

IBUの制限がないこと
乳酸発酵→ホップの煮沸の順番なので、いくら苦くしても問題ないです。

pHのコントロールがしやすい
好みの酸味になったときに煮沸して乳酸菌を死滅させれば、それ以上ウォートが酸っぱくなることはありません。ですので、狙った酸味にしたい場合はケトルに張り付いてればいいだけです笑。

ダイアセチルの揮発
乳酸発酵はその代謝物でダイアセチルがとても多く出ます。バターっぽい匂いで、量が多いとお酒のバランスを崩してしまう子です。このダイアセチルが発酵タンクの中で爆裂に発生する可能性があるのが従来のサワーリングですが、ケトルサワーはダイアセチルが発生した後の麦汁を煮沸する工程があります。ダイアセチルの揮発温度は88℃なので、煮沸させればかなりの量のダイアセチルが麦汁から取り除くことができます。

他にも、通常のエールイーストと同じくらいの発酵期間で完成すること、イーストの選択肢が多いなどがあげられます。

これだけメリットの多いケトルサワーですが、もちろん欠点もあります。

二酸化炭素を常に充填しないといけない
乳酸菌は嫌気性の場合が多いので、ケトルタンク内を常に二酸化炭素で置換してやる必要があります。ケトルタンクにテイスティングラインなど通常付いてませんから、蓋を開けて麦汁を採取します。この都度、二酸化炭素を充填するのはめんどくさいことこの上ないです。

工場の汚染リスクが究めて高くなる瞬間がある
ケトルタンクの蓋を開けて、麦汁を採取するときは乳酸菌が発酵をマックスで行っているときです。このときに、換気扇などが回っていたりした場合には乳酸菌が飛沫する可能性がとても高くなります。
(とは言っても、きちんと掃除すれば究めて安全な製法なのは間違いありません。)

PHILLY SOURの場合

では、ケトルサワーではなく、PHILLY SOURを使用してサワーを作った場合にどんなメリットとデメリットがあるでしょうか。

乳酸菌の汚染リスクを心配する必要が全く無い
これが最大のメリットのように思えます。ケトルサワーも十分、リスクが低い製法ですが乳酸菌を使うという方法であるのは間違いありません。しかし、PHILLY SOURはにゅうさんきんではないですし、そもそも他のイーストとの共存が苦手なのでコンタミする側にもなりません。安心安全にサワーエールが作れます。

ダイアセチルが乳酸菌ほど発生しない(はず)
そもそもダイアセチルは発酵という段階で必ず出ます。しかし、乳酸菌は特別多いです。いくら煮沸したからといっても、どこまで揮発させられたはわかりません。その点、PHILLY SOURは乳酸菌ほどダイアセチルが出るとは報告されていませんので、通常のイーストを使用したのと同じ管理で問題ないと思えます。

pHの調整が難しい
ケトルサワーが好みのpHをコントロールするのが用意とした反面、PHILLY SOURのように発酵が進むと同時にpHが落ちていくケースでは完全にpHを操作するのは至難の業と言えます。何回も経験を積んで、グルコースの添加有無や、温度など色んなコツを見つけていく必要があります。

色々と楽
これはあると思います。通常のビール作りと何一つ変える要素がないし、コンタミもこいつ由来では起きません。手軽にサワーエールに挑戦したい場合には非常に良い選択肢だと思います。

まとめ

長くなりましたが、まとめると以下のような使い分けができるのではないかと思います!

ケトルサワー
┗ 酸味のコントロールに充填を置く場合に便利
┗ 乳酸菌とイーストの組み合わせの幅が多いので、色んなレシピが作りやすい

PHILLY SOUR
┗ コンタミリスクが全く無いので、サワーが怖い人でも使いやすい
┗ 通常のビール作りと全く一緒なので、わかりやすい

イーストの特徴から、深掘りして、対比とかなり盛りだくさんのコンテンツになりましたが、サワーという魅力的で神秘的な飲み物に是非挑戦していただくきっかけになれば嬉しいです☻
疑問などがありましたら、気兼ねなくTwitterやブログのコメントなどに送っていただければ、全力で応えたいと思いますのでどしどし送っちゃってください。

それではまた別の記事で📙

ANTELOPEブルワー谷澤 優気
お酒が好きで醸造の世界に入る。日本各地での研修期間を経て、2020年3月滋賀県野洲市で国内初のクラフトミードハウス・ANTELOPE株式会社を共同創立。
「ちょっと深く知るとお酒はもっと楽しい」をテーマに醸造学を発信中。

志賀→浜松→掛川→滋賀県野洲市[now!!]

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